私の所属するSMクラブには「新人研修」というものがない。入店すると、ぶっつけ本番で仕事に入れられてしまう。
仕事やプライベートを問わず、多少なりともSMの経験があるならいい。問題は、風俗経験がまったくなかったり、風俗の経験はあってもSMは初めて、という場合だ。そして、この店では圧倒的にこのケースが多い。
理由はおそらく、『超ソフトプレイ』の『未経験者歓迎』の『イメージクラブ』として求人誌に募集広告を出しているためだろう。そのため、SMの経験どころか、SMに対する知識も理解もない人間がこぞって面接にやってくる(電話での問い合わせでは、業種がSMであることを教えない)。
そして面接によって事実を知らされ、そのうちの何人かが覚悟を決めて(まるめこまれて、とも言う)入店してくる。
確かに、SMと聞いただけで「痛そう」「怖そう」と思ってパスする人が多いのも事実だが、ほとんど詐欺に近いよな。まあ、風俗店の求人広告なんて、詐欺じゃないとこを探す方が至難の技だが。
ただ、そのおかげで、いわゆる『スレてない』『素人っぽい子』が多く集まることになり、店の中が風俗店とは思えない和やか雰囲気になっているとも言えるので、一概に悪いこととは言えない。言いたくない。
この雰囲気をたとえて言うなら、女子校の教室だろう。その休み時間の空気によく似ている。しかも、女同士の関係にありがちなべたべたした感じがない上に、イジメという概念もない。非常に居心地がいい。
私が何だかんだと文句を垂れつつも、一年以上もこの店にいるわけも、ひとえにこの店の空気と女の子同士の人間関係にある。女の多い職場に必ずついて回るような、ぎくしゃくした人間関係がまったくないのだ。
かつて、『SMにはこだわりあるわよ』的な女王様系の子が何人か在籍していたことがあったが、やはりそういうマニアックな(という言い方は不適切な気もするけど)な子は、どこか排他的な印象があった。『女王様』だということに無意識のうちにこだわっているのか、近寄りがたいというか、どこか偏った感じがするのだ。もちろんみんなに煙たがられてたし、嫌われていた。辞めてくれてよかったよ。辞める前に一発殴っておきたかったけど。
とにもかくにも。そんなわけで、この店にはSM初心者が入店してくる割合が非常に高い。それなのに、研修もなければSMを教える人もいないのだ。これはかなり間違っている。
SMに興味があって入店したのなら、ある程度の予備知識はあるはずだが、ほとんどの人間がSM店だと知らずに入店してくるのだ。何の知識も経験もないのに、いきなり仕事に入れるのは無茶すぎるだろう。
パソコンはおろかワープロにも触れたこともない人間にHTML文書を作成させるようなもんだ。もしくは教習所に入った初日に路上教習させられるような感じ?(教官は助手席で爆睡)
とにかく全てがOJT(おんざじょぶとれーにんぐ)。しかもトレーナーもいなければマニュアルもなし。プレイは文字通り『体得』しなければならない。それも自己流で。
これはキツイ。なんせ初めてだから、ただでさえ緊張している。その上、得体の知れない男と二人っきりにさせられて、さらにはそいつを苛めてやらなきゃいけないという。わけわかんねえっつの。
私も最初の頃は、仕事に入るのが嫌で嫌でたまんなかったもんな。M女はいいさ。相手のリードに任せてりゃ、勝手に時間は過ぎていくんだから。でも、Sをやるとなると、自分が動かなければ何も起こらないのだ。
「自分で何かを始めなくちゃ、何も始まらない」
「失敗を恐れず、勇気を出してLet's Try!」
何だか人生の教訓を得ているような気もしてくる。
そんなことで得たくはないが。
見よう見真似でやろうにも、見たことがないのだ。真似しようがない。もう、ただひたすら虚勢を張って、思いつく限りのことをするのみ。毎日、「ふう……今日もなんとか××円騙し取ったぞ」という感じだった(今もたいして変わらないかも)。
そうやって、ひのきの棒と皮の鎧でスライム相手にひたすら経験値を稼ぎつづけてまる一年。ようやくなんとか戦えるようになってきたか、という時に「おまえはSMやりたいのか抜きたいだけなのかハッキリしろ」的な客に立て続けに当たって、すっかり戦意喪失な今日この頃。
Mでも何でもないくせに、話のタネや興味本位でやってくる人間がものすごく多いのだ。SM雑誌や、SMビデオを見て新たな技を習得しても、それを試せるようなM男がいない。これは悲しい。
三分の力どころか一分も出せない自分に吐き気すら覚える。もうテンション最低潮。ああもう仕事なんかしたくねえ。客つきたくねえ。SM雑誌も読む気しねえ。いいんだどうせ俺なんていんちきSM嬢さ。クレームつかない程度に適当にやってやるさ。ああやってやるとも。
……つらいよう。