買っちゃった買っちゃった。リブレット買っちゃったもんね〜。これであの狭い待機室でも、誰にも迷惑かけずに作業できるんだもんね〜。
つーわけで浮かれてます。念願のリブレットをようやくゲット。もう名前も決めました。
命名:リブ蔵
うーん、いいセンスだ。
3月14日。
目覚めると、なぜか「あ、リブレット買わなくちゃ」という気になっていた。
理由は不明。なんか夢でも見たんだろーか。とにかく、「買わなくちゃいけない。いや、買え。買うんだ」と一種強迫観念めいた感情が私の心を支配していたのだ。こうなってはもうお手上げだ。一度火が点いてしまった欲望の炎は、それが満たされるまで決して消えることはない。ならば、満たしてやるほかあるまい
(つーか、いいかげん我慢ってもんを覚えろ)。
通常の5.7倍のスピード(当社比)で身支度を整えると、まったく手をつけずにいた先週分の給料を握りしめ、パソコンショップにれっつらごー。
『パソコン本体(DOS/V)』と書かれたフロアに一歩足を踏み入れると、とたんにたちこめる独特の香りにわずかながら鳥肌が立つ。
この香り……まさしくこれはおたく臭いというやつだ。
やはりパソコン専門店。よく行く電器店とは客質ががらりと違う。
和やかな家族連れが「うちもパソコン買ってみようか」「あらお父さん、こういうの弱いじゃないの」「いやあ、触わるぐらいなら会社でもやってるしなあ。それにこの子の将来のためにも……」などと微笑ましい会話をしている姿などは、どこにも見当たらない。
家族連れはおろか、カップルや友人同士で来ている者も皆無で、客の9割が男性だ。しかも、みな一種独特の雰囲気――いわゆる「理系っぽい」といった感じを漂わせている
(店員も含め、7割近くの人間が眼鏡を着用。なぜだ。なんか義務づけられているのか?)。
きっとみんなさぞパソコンに詳しいことだろう――きっとここでは私が一番の初心者だ。何か変なことでもしたらどうしよう。きっと白い目で見られる……怖い。
まずい。パソコンを畏怖していた、かつてのトラウマが蘇る。
まるで昔のようにどきどきしながらノートパソコンが陳列されるコーナーに向かう。そこでリブレットを発見するも、なぜか手が出せない。
周囲には、店員と専門用語をばしばし交えた激論(私にはそう見える)を交わす者や、店員にがんがん質問しまくる者(私には質問の意味さえわからない)や、とにかく値切り倒そうとするただの親父(たかが一万二万の差でがたがた言ってんじゃねえ、この貧乏人が)など、私とはレベルの違う人間達が集っている。この中で、訳知り顔でリブレットに手を伸ばすことなど、私にはできない。こ、怖いよう
(トラウマ見事に復活)。
近所の電器屋じゃ、自分の物のようにいじくり倒していたはずのリブレット。あんなに楽しく戯れていたはずのリブレット。今、君がなぜか遠い存在のように思える……。
ふと気づくと、客のほとんどが店員とマン・ツー・マン状態になっているのに対し、私はひとりぼっち。
なぜだ? すぐそばには暇そうにしてる女性店員がいるのに、なぜ私に声をかけてこない? 私が初心者だと見切っての対応か? ここは初心者ごときが立ち入る領域ではないというのか?(被害妄想まで発動)それとも、「店員は、暇つぶしに見てるだけの時には呼んでもないのに寄ってくるが、購入の意志がある時に限ってシカトしやがるの法則」(長いな)にハマっているのか?
もしや、店に入った時から浮きまくってる、場違いにギャルギャルした服装のせいか? 「こんな時間に、これからどこへご出勤ですかぁ?」とでも言いたいのか? (実際これから出勤だが)すっかり赤茶けてしまったイマドキな茶髪のせいか? 「パソコンなんかにはまるで興味のなさそうなバカ女」に見えるのか?
外見上の理由でハブにされているのなら、これでどうだ。
わざとらしくパンフを手に取り、裏面の[仕様]欄などを熱心に見るフリをして(本当は上から三段目くらいまでしか理解不能。しかも、「数値は大きいほど高性能」程度の認識しかない)、「少しはわかってるんですよ、これでも」というパフォーマンスをしてみせるが(馬鹿か)、まったくの無反応。いったい何が悪いというんだ?
しかし、リブレットの前でいつまでも立ち尽くしているのも、なんだかトランペットの欲しい黒人の子供(by 西原理恵子)のようでみっともない。やむを得ず、狭いコーナー内をあてどなくさまよってみることにした。
と、レッツノート・ミニを発見。
おおお、思ったより可愛いぞ。しかもスペシャルセットとかいって、FDDだのCD-ROMドライブだの、いろんな便利グッズ(オプションとも言う)がくっついてくる。これで25万……欲しいかもしんない。
さらに今をときめくVAIOノート505発見!
うおおおぅ、すげえ! ちっせーっ! うっしーっ!(小さい、薄いの私なりの最大級表現)かっわいー☆(このへんが女の子)すごいぞすごいぞ、現物初めて見たが、こりゃあみんな飛びつくわけだ。ちきしょうメチャクチャ欲しいぞ。
リブレット購入のために来たはずが、VAIOとレッツノートの狭間で悩む(ちなみにモビオは問題外)。どうしよう……価格的にはどれもいい勝負だ。
こういう時こそ、店員に相談するのがベストのはずだが、その店員が来てくれない。自分から聞きに行け、という気もするが、あいにく私にそんな真似はできん
(照れ屋さん)。
だいたい私は、何かを決断する際に、他人の意見を聞くということが大嫌いだ(そうして自ら人生を踏み外して行く、という事実もあるが)。誰かに相談して解決する悩みなんぞこの世にはない。自分で決めてやる。
そこで五分間の熟考。私にしては驚異的な数字だ。
――決めた。やっぱしリブレット。
てゆーかさ、今日はハナっからリブレット買うことに決めてたじゃん。今さら揺らいだってしょーがないんだよね。
近くに佇んでいた女の店員に、「これください」と声をかける(やればできるじゃん)。
店頭にあったのはリブレット70のベーシックモデルのみ。すでに世にはリブレット100なる物が存在しているらしいが、メモリ32M、ハードディスクが2.1Gもある、うちのデスクトップ並みのリブレットなぞいらんわ。こんなちっこいボディにそんなもんが詰まってるなんて怖いっつーの。うちのデスクトップのハードディスクだって、あと1.4Gも余ってんだ。絶対使いきれねえっての。
……というのは、ほんの強がりなんだけどね。
ほんとは100が欲しかったの。
でも、この店では現在入荷待ち状態だったの。
待つのは嫌だ。
今すぐ欲しいんだ今すぐ。つーわけで100はすっぱりあきらめる。いいんだ別に。そんなもん最初からなかったと思えば。
「これにFDドライブとCD-ROMドライブ付けて、いくらになりますか?」
そう聞くと、その店員は何やら困った顔をして「少々お待ちください」と男性店員のもとに駆けて行く。どうやらこの店員、商品のことをよくわかっていないらしい。そうか、だから私に声をかけてこなかったのか。なんだよ、最初から言ってよもう。
しばらくしていかにも「ショップ店員」といった風情の(どんな風情だ)男性店員がやってきた。
だが、こいつがのっけから見当違いなことを言う。
「リブレットの100は、来週半ばあたりの入荷になるんですよねえ」
「……いや、70でいいんスけど」
誰も100をくれとは言ってねえ。
「70の方ですか、こちらはアプリケーションが付属してない、ベーシックモデルのみになるんですが……」
いちいち言われないでもわかる。ここに書いてある。読めばわかる。日本語も読めないようなバカに見えるのか。
「それでいーです」
「こちらに書いてあるのは、本体のみの価格になりますが」
だーかーら、オプション付けていくらかって聞いたんだよ。伝達能力ってもんがねーのか、さっきの女は。
なんでもいいから早くよこせ、という意味の言葉をできるだけ丁寧な言い回しに変換して伝えると、ようやく私に購入する意志があることを理解したらしい。
ただ、FDDその他のオプション品は、現在在庫がないので取り寄せに多少時間がかかるとのこと。まあいい。そんなこたぁ構わねえ。とにかく今は、こいつが欲しい。欲しいレベルはレッドゾーンに入っている。ここであきらめて帰ったりしたら、欲求不満できっと死ぬ。
「それで、お支払いの方は……」
「現金で」(即答)
現金で……美しい響きだ。5万以上の買い物には、全て「カード。リボ払いで」という呪文を唱えていた昔が嘘のようだ。この瞬間のために今の仕事をしていると言っても過言ではないな。
ちゃっちゃと支払いを済ませると、ようやくリブレットが私の手中に!
(なぜかばざーるでござーるのマウスパッドをおまけにつけてくれた。そんなもの一体どうしろと)
待たせたね、リブレット。よろしくね、リブレット。私もこの日をずっと待っていたよ。もしかしたら前のノートパソコンのようにすぐ飽きて誰かに売っぱらってしまうかもしれんが、その日までおまえは私の配下だよ……。
そして私は、物欲が完全に満たされたその瞬間の充足感と恍惚感にうっとりしながら仕事に向かった――。
が――数時間後、FDDその他が届くまでの間、やりたいことは何ひとつできねえという事実に気づき、愕然とする。
「使えねえ」とはまさにこのこと。ショックのあまり、猥雑な文章を入力して『東芝音声システム・おしゃべりテキスト』に読み上げさせるという、無意味な行為に走る私。
「ソフトがなけりゃただの箱」
――そんな言葉が頭をよぎった。
さらにその後、「これなら100の入荷を待っても良かったのかもしれない」ということにまで気づいてしまい、自分の我慢のきかなさ具合がたまらなく嫌になった。